おじいちゃん

最近さいきんまでおじいちゃんは砂漠さばくんでいた。ベドウィンだから。

時たまときたましかはなさないひとだった。そして、いつも沈黙ちんもくまもっていた。

はなすときは、いつも砂漠さばくはなしだった。「新緑しんりょくになった」とか「ラクダがんだ」とか。

ぼくなにいても、おじいちゃんのこたえはみじかかった。その習慣しゅうかんきだったけれど、もっとおじいちゃんの暮らしくらしりたかった。

それにおじいちゃんは頑固がんこひとだった。

わかころかれはモスクで祈りいのりえてそとると、自分じぶんあかくつ片方かたほうだけのこっていた。もう片方かたほうは、見知らぬみしらぬないみどりくつだった。だから、片方かたほうあか片方かたほうみどりいてかえった。

いえくと、みんながおじいちゃんをわらった。

頑固がんこなおじいちゃんがおこった。

それで、2年間ねんかんもそのちがくついて、どこへでもった。そんなふうに頑固がんこだった。