ごめんね、日本語

日本語にほんごと、2年間ねんかんたのしくごして、この言語げんご美しさうつくしさふかかんじていた。

そして、日本語にほんごとものようになった。

日記にっきなかでは、一緒いっしょかたっていた。

ときどき、お互いおたがいがわからなくなる、でも、分かり合えるわかりあえるように、
毎日まいにち勉強べんきょうするし、あたらしくてふか言葉ことばつけるようにしている。

だが、日本語にほんご親しむしたしむことは簡単かんたんではない。

ごめんね日本語にほんご

近頃ちかごろ難度なんどがり、ぼくつかれるようになって、だんだん遠ざかっとおざかるてしまった。

ひとつかれるときがあるはずだ。

弱くよわくなると、自分じぶんまもかべひくくなってしまう。

最近さいきん辛さつらさぼくこっそりこっそりってくる。

うつ病うつびょうから治るなおるように、母親ははおやのような日本語にほんごぼくだくいてくれた。

だが、そのとも距離を置いきょりをおくたら、つらさが忍び込んしのびこむでしまった。

ごめんね日本語にほんご

むかしは、言葉ことば勝手にかってに溢れあふれるていた。

いまは、なにけばいいかわからない。

ページの白さしろさが、ぼくこころおなじだ。