3月21日
「もし日本が京都という名前だったら」
・ 質問
国の名前を決めることは、大事なことだ。
もし日本が京都と名乗るっていたら、京都の人の振る舞いは今と変わっただろうか。
・ クウェートという国
国が成立する前、クウェートの土地の大半は砂漠だった。後に「原油の砂漠」と呼ばれるようになる。
300年前、当時は村が点在していた。
そして、中心的な村はクウェートという名前だった。
この国はその街にちなんで名付けられた。そうすると、その街の人の行動がだんだん変化した。
「私たちの国だ」と彼らは言うようになった。
・ 問題が巻き起こった
さらに、最初の政府はその街の人々だけで構成されていた。
その街以外にも、国には大勢の人がいた。様々出自の人々が。
すると、社会に問題が現れた。貴賤や歪なアイデンティティも生まれた。
約90年前に原油が発見された。それから、たくさんの国から人々がここに移住してきた。彼らもクウェート人となった。
そして、「クウェート人とはだれか」という疑問が浮かび上がった。300年前の人か、90年前に来た人か。
村の人、砂漠の人、船で渡ってきた人… だれなのか?
村の人は”彼らの国“を囲いすぎているのだ。
そして、最近、新しい法律で「本物じゃないクウェート人」の国籍を取り消し出した。生活しにくくなった。
毎年、渡り鳥を見る。木にも拒まれることなく、自由に来ては去っていく。私も、平和な土地に舞い降りたい。
・ 今
300年が経ち、多くのことは変わったのに、人々の心はほとんど変わらなかった。
今、この国は「国」の形をしていても、人々の間にはまだ距離がある。
もしクウェートという名前が違っていたら、この問題はなかっただろうか?

