愛している

子供こどもころわたし両親りょうしん自分じぶん愛しているあいしているかどうかわからないだった。

本当にほんとうに自分じぶんおやなのか、そうでないのか、わからなかった。

時折ときおりおやあい感じたかんじた同時にどうじにおや厳しさきびしさ感じたかんじた

しかも、厳しさきびしさだけではなかった。ははからの嫌悪けんお感じたかんじた

「どうして?」——これは、必要ひつような「問いとい」だった。

寝るねるまえに、本物ほんものおやあさ迎えに来てむかえにきてくれることが、わたしゆめだった。

そのころ両親りょうしん嫌いきらいだった。

悲しいかなしい幼少期ようしょうきだったが、アートに逃げ込むにげこむことで、乗り越えるのりこえる手段しゅだん見つけたみつけた

あい手紙てがみもたくさん書いたかいた

おやへ。

6さいだったわたしは、まだあまり単語たんごかず知らなかったしらなかった

ページに「愛しているあいしている」という言葉ことばだけを繰り返しくりかえし書いたかいた

もし両親りょうしんがその言葉ことば見ていたらみていたら感動したかんどうしたかもしれない。

長いながい年月としつき経ってたってわたしおやになった。

そして、わかったことは、

おや一生懸命いっしょうけんめい子供こどもをうまく育てようそだてようとしていたはずだということだ。

でも、それだけで十分じゅうぶんだったのか?